第101号(2018年3月) 株式市場研究会特集号(上)、福田徹氏追悼号
株式取引におけるキャンセル行動の分析
—HFTのポートフォリオ構築に要する時間から見た視点—
辰巳憲一(学習院大学名誉教授・日本大学大学院講師)
- 〔要 旨〕
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情報化やグローバル化によって現在ほど,あるべき市場制度に関心が向いている時代はないだろう。市場制度には様々な局面があるが,本稿は特に現在採られているキャンセル制度とその下におけるキャンセル行動に注目する。本稿は,キャンセルの定義から始めて,株式取引における投資家やトレーダーのキャンセル行動を体系的に分析し,あるべき市場整備政策,さらにはキャンセル削減策を考察する。
それらの結論へと導くポイントは次のような分析の結果に基づく。キャンセルに注目する際には,同様な経済的意味を持つ反対売買に関心を持つべきこと,投資家がキャンセルする理由には①相場が変わる場合,②特性が類似する複数の証券について一方に買注文(売注文)を出していたものの,他方が安く買える(高く売れる)状況になった場合,③銘柄の特性が変化して投資目的に合わなくなった場合,④意図した裁定機会が消滅した場合,⑤他の商品のヘッジを目的とした注文を変更する必要が生じた場合,⑥約定が遅く当該銘柄が不要になってしまった場合,など複数の原因があること,などである。
実証データからは,日本ではJPXとJNXの市場間で約定時間,約定の有無の銘柄間格差が極めて大きい点をティック・データから明らかにして,発注した注文を市場参加者がキャンセルする原因の1つになっている可能性を示す。
市場整備政策としてキャンセル制度は必須である。キャンセルの理由を明瞭にしてもらえれば,商品の不備,販売組織,会社の事務組織の不備を知ることが出来るから金融機関自体にも好ましい結果をもたらす。
キャンセル削減策については,銘柄の保有や取得にはタイミングがあるケースは確かに存在する。約定時間を短縮すれば,このような理由に基づくキャンセルが少なくなる可能性がある。しかし,キャンセルは自由に認めるにしても,上限の時限を定めるべきである,かもしれない。
キャンセル料を手数料や税金の形で課す,あるいは出した注文の総件数のうちキャンセルする件数の比率を制限する,などの方法でキャンセルを禁止することがなされるが,これらの方法は有効に出来ない。キャンセル規制を回避する方法があるからである。むしろ,キャンセル禁止によって,素朴な投資・トレーディング技法しかもたない投資家を市場から遠ざける弊害の方が大きいのではないかと思われる。また,取引が規制対象外の取引へシフトしてしまうという問題も起こる。