第103号(2018年9月)
地方債市場における格付インフレの問題
卿 瑞(東京大学大学院経済学研究科博士後期課程)
- 〔要 旨〕
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リスク評価に関して自由裁量権を持つ格付機関は他機関との競争で格付を引き上げるインセンティブがある。これは格付インフレの発生につながり,格付の持つ情報量を減少させてしまうおそれがある。本稿は地方公共団体の依頼格付に格付インフレの可能性について実証分析を行った。地方債市場においてはデフォルトの事例はないため,実績デフォルト率を用いる分析は困難であるが,地方公共団体の依頼格付が当該団体の財政・債務状況と整合的であるかどうかという観点から格付インフレの存在を検証することができる。また,Moody’sの地方公共団体格付は国債格付と同じレベルであること,およびJCRの地方公共団体格付の対象先は1団体しかないことから,本稿は主にS&PとR&Iの格付データを分析に用いる。推定の結果,S&Pの依頼格付およびR&Iの非依頼格付は地方公共団体の固有の信用力とは整合的であるが,R&Iの依頼格付は整合的ではない。また,格付への依頼は地方公共団体の選択行動なので,本稿はサンプルセレクション問題に対処できるモデルを用いた実証分析も行い,同様の結論を得ている。R&Iの依頼格付には相対的な格付インフレが存在している可能性があることが示唆される。評価時の定性的な要因を考慮していないこと,そして実績デフォルト率を用いていないことから,本稿の分析手法はあくまでも格付けインフレの可能性に対する間接的な分析である点に留意が必要である。