第116号(2021年12月)
アメリカ新規公開(IPO)市場のセグメント化とSPAC
佐賀卓雄(当研究所名誉研究員)
- 〔要 旨〕
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2020年春から,SPAC(Special Purpose Acquisition Company,特別買収目的会社)IPOが激増している。件数,調達金額とも伝統的なIPO(新規公開)を越えた。他方では,現在のところ数件に止まっているが,時価総額が10億ドルを越えるユニコーンは,引受人を介さないダイレクト・リスティングによって上場を果たしている。このように,IPO市場は上場を志向する企業の業績や成長性などによってある種の棲み分けがみられるようになっており,セグメント化が進んでいるといえる。
その中で,SPAC IPOとは何か,何故,近年,注目を集めているのか。伝統的なIPOはSECの規制により,詳細な情報開示が求められ,時間とコストがかかる。SPACはこれを回避し,非公開会社が既存の公開企業に買収され,それをシェル(殻)・カンパニーとして上場を果たすのである。この手法はリバース・マージャーとして以前から採用されてきたもので,バックドア・リスティング(裏口上場)とも呼ばれる。SPAC IPOは基本的にこの手法を踏襲したものであるが,ダウンサイド・リスクに対する巧妙なセーフティ・ネットを組み込むことによって投資家の資金を誘導している。
歴史的には,SPACは1990年代初めのペニー・ストックを利用した取引をめぐる改革から生み出されたイノベーションである。SPACを構成するのは,SPACスポンサー(創業者),引受人,投資家であるが,SPACの買収前後で株主はほとんど入れ替わる。最初に応募する投資家の多くは「SPACマフィア」と呼ばれるプライベート・エクィティ,ヘッジ・ファンド,ベンチャー・キャピタルなどの大口投資家であるが,IPO時に発行されるユニット(株式,ワラント,権利証)の権利を行使し,エグジットを果す。その結果,大幅なダイリューション(一株当り価値の希薄化)が起き,SPAC IPOに応募した投資家のリターンは決して良くない。
リテール投資家が決して良いとはいえないリターンにもかかわらず,SPAC IPOあるいは被買収会社に投資するのかは十分には解明されていない。新聞,雑誌の記事により,リテール投資家はコストが被買収会社に転嫁されると思い込んでいると推測する分析もあるが,その背景についての本格的な検討は今後の課題である。