第118号(2022年6月)
SPAC(特別買収目的会社)の構造変化について
佐賀卓雄(当研究所名誉研究員)
- 〔要 旨〕
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2003年にSPACが初めて登場してから,今日までにその構造は大きく変化してきた。買収を目的として創設されるSPACのライフサイクルは,SPAC IPOとde-SPAC(ターゲット企業の買収)という2つの局面から構成される。IPO(新規公開)後,あらかじめ定められた期間内にターゲット企業(非公開会社)の買収を行い,その企業を公開させるというプロセスを辿る。
SPACの最大の特質は,de-SPACの際に償還権(redemption right)を認めていることにある。SPAC IPOによって調達した資金は買収資金に充当されるべくエスクロー勘定に預託されるが,買収提案に対して株主の賛否を問うことが義務づけられ,反対が一定割合を越えれば買収提案は撤回され,代わりの案件を探すか,清算の手続きに入ることになる。その際,株主は賛否にかかわらず(当初は反対の場合にのみ)償還を認められている。この仕組みによって,株主はダウンサイド・リスクを限定できるのである。
2008年にNASDAQとNYSEはSPACの上場を認可した。SPACは買収提案に対して株主から一定割合以上の反対があれば,その提案を引き下げることになっていた。SPACマフィアと呼ばれるSPACの大口株主はこの規定に目を付け,SPAC経営陣に高値での買い取りを迫るようになったのである。いわゆるSPACメールである。これに対する対策として,取引所はテンダーオファーの規定を適用して,株主の投票そのものを意味のないものにした。また,上場維持基準を緩和して,単位株主数の下限を引き下げようとした。
また,de-SPACは買収手続きであるため,通常のIPOではアンダーライターが訴訟リスクを避けるため,事実上,認めていない業績予想などのフォワード・ルッキング情報の提供に対してセーフハーバー規定が適用されるというのが通説であった。このため,2020年以降のSPACブームとともに,de-SPACにともなう誇大な将来予想に対する民事訴訟も増加し,この扱いも疑問視され始めた。
本稿はSPACの現在に至るまでの構造変化の様相を明らかにし,それが提起した規制問題を検討する。