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第16号(1998年11月)

マレーシアの金融発展と貯蓄動員政策
―銀行・年金基金・投資信託の役割―

首藤恵(中央大学教授・当研究所兼任研究員)

〔要 旨〕

 東アジア諸国の中でもマレーシアのユニークさは,独立後の比較的早い時期から成長のための「貯蓄基盤の確立」と社会的安定のための「所得分配と資本所有の平等」を明確な政策目的として,国内金融制度構築に着手した点にある。1960年代には銀行ネットワークの全国展開をベースとした「自発的貯蓄」と,被雇用者年金基金など社会保障基金をベースにした「強制貯蓄」を2つの柱とする貯蓄動員機構を整備し,1970年代に入って驚異的な貯蓄率の上昇とブミプトラ(マレー人)の社会的地位 の向上に成功した。
 1980年代から展開された公営企業の民営化と資本市場の育成政策も,成長のための自由化の過程で懸念される所得分配と資本所有の不平等化を考慮した,「コントロールされた自由化」であった。国営投資信託会社が設立され,金融機関の店舗を通 じてブミプトラ向け優遇ファンドが売り出されて,広く全国規模での零細貯蓄の動員と資本所有の分散に大きな貢献を果 たし,同時に民営化の受け皿として利用された。 すなわち,補完的な貯蓄動員ルートの形成と貯蓄インセンティブの提供を巧みに組み合わせた貯蓄動員政策が,持続的成長と社会的安定を同時に実現する鍵であった。金融発展プロセスにおける「効率と安定のトレード・オフ」が途上国の直面 する最大の課題であることを考えれば,長期的視点から社会的安定を成長の前提条件として認識し,そのコストをあえて負った多民族国家マレーシアの選択は,金融制度構築の面 で注目すべきものであろう。
 ところが,政府主導型から民間主導型へと成長政策が転換し,金融グローバル化が進むなかで成長のための外資依存度を強めるにしたがい,従来の金融システムがかかえる矛盾と環境変化への不適合が明らかとなってきた。国内銀行育成のために講じられた各種優遇措置と競争制限措置は,寡占的市場構造と銀行経営の非効率化を生み出し,長期にわたって政策金融の原資を提供してきた年金基金は,強制貯蓄機構としての機能と社会保障機能との矛盾に直面 するようになった。国営投資信託もまた,資本所有の社会的平等を重視したスキームが採用されてきたために,投資機関として果 たすべきリスク分散機能は低いという問題を抱えている。マレーシアの金融システムがもつ強さと弱さを明らかにすることは,金融制度構築の視点から東アジア型金融発展を評価する上で,興味深い論点の1つと考える。
 社会的安定は,持続的成長の前提条件である。だが,1990年代に入って,社会的安定のコストは相対的に高まり,経済効率と社会的安定について新たなバランスの選択に迫られている。1997年夏に始まる金融通 貨危機と政治的不安定は,効率と安定のバランスの選択をいっそう難しいものとしている。マレーシアにおいて,社会政策の転換と金融部門の構造転換は,コインの両面 である。

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