第23号(2000年1月)
証券市場の制度的インフラストラクチャー(上)
―約定後経済行為の機能分析―
福本葵(大阪研究所研究員)
- 〔要 旨〕
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証券売買は,証券の売り手が売却を希望する銘柄,価格と数量,買い手が購入を希望する銘柄,価格と数量 が一致すると約定となる。約定された取引は,履行されて初めて完了する。証券売買取引には,約定と履行の双方が不可欠であるにも関わらず,これまでの代表的な証券市場論や投資論において議論の中心となってきたものは,売買の約定についてであった。一方,履行については,従来,約定されれば当然に行われるもの,必ず保証されているプロセスである,という程度の認識に過ぎなかった。
しかし,1995年のベアリング社の経営破綻や1997年の日本における相次ぐ証券会社の経営破綻は,履行が当然の行為ではないことを示している。証券売買が約定されたとしても,証券会社が売買の対象となった証券を引き渡すことができない,購入した証券の代金を支払うことができない事態が発生する可能性がある。履行にはリスクが存在する。にもかかわらず,こうしたリスクについて,これまで十分に検討されてきたとは言えない。
また,国内外で市場間競争が顕著となっている中,投資者がどの市場を利用するのかを選択する場合,履行を含めた売買約定後の経済的行為が安全に,効率的に行われることを重視することが考えられる。
このように,履行を代表とする売買約定後に行われる経済的行為は取引の重要な一部であり,これを明示的に検討する必要があると考えられる。そこで,本稿では,分析の対象として,売買約定後の経済的行為を取り上げる。
しかしながら,売買約定後の経済的行為には,多くの機関がそれぞれ異なった法制度の下,それぞれ独自の業務を行っている。このため,誰がその制度の担い手であるかを分析したいわゆる機関分析では,総合的な観点からの分析を行うことが困難である。そこで,本稿では機能分析を用いて分析を行う。機能分析とは,何を行うか,行われている行為の機能に着眼した分析方法である。売買約定後の経済行為には,様々な機関が登場し,それぞれが独立した経済行為を営んでいる。この具体的事実の中から,その行為の本質的な機能を分析し,総合的に検討する方法が機能分析である。
証券取引が国際化,ボーダーレス化する中,イギリスやアメリカでは,決済を中心とした売買約定後の制度を国際競争の戦略と捉え,制度の再構築を図っている。日本においてもこれらに遅れをとらじと,複数の委員会による議論がスタートしている。どのような制度を構築するかを決定する前提として,日本の制度と各国の制度の比較を行うことが重要となる。各国の比較をするためには,その機関が本質的には何を行っているかを見ること,つまり,機能分析が必要である。