第25号(2000年5月)
米国マスタートラスト制度の導入と日本証券市場への影響
―日米比較と中心に―
山本信一(ニッセイ基礎研究寿主任研究員)
- 〔要 旨〕
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本稿では,米国におけるマスタートラスト制度の状況を紹介し,マスタートラスト制度導入が日本の証券市場に与える影響を検討する。
米国では,1974年のエリサ法導入以降,団体年金市場へ投資顧問会社が参入し,シェアを拡大していった。これは,プルーデントマンルールに基づき受託機関の能力と分別 が厳しくチェックされ,運用機関が何を得意とするかが重視された結果 である。さらに,従来,定年直前の名誉職であった年金資産管理者に,資産運用経験がないものの最先端の理論を好む若手MBA等が殺到するようになった。こうした中で,効率的でタイムリーな運用報告を行う運用管理機関としてマスタートラストが誕生した。
マスタートラスト導入前,年金スポンサーは,複数のカストディから,様々なフォームで毎月末終了後15〜45日に運用報告を受けていた。しかし,マスタートラスト導入により,すべての運用機関のカストディを1つのマスタートラスト機関が引き受けることになり,年金スポンサーは,すべての運用報告を,同一基準・統一フォームでマスタートラスト機関から受けることになった。これによって,事務の効率化のみならず,客観的運用評価やコンプライアンスチェックが容易に行えるようになった。
また,すべての資産管理が同一マスタートラスト機関で行われる中,売買およびマーケットインパクトによる取引手数料を節約するものとして,インベントリーファンドが導入されるケースも80年前後には,多く見られた。インベントリーファンド(在庫ファンド)とは,株式のパッシブファンド(例えば,S&P500種のうち時価総額の94%を占める250種を所有する)のことで,同一のマスタートラスト機関における株式運用の例えば20%を引き受けるものである。残りの80%の株式運用を行うアクティブファンドは,原則として,市場との売買を回避し,インベントリーファンドを相手に売買を行い,取引手数料を激減させるものである。しかし,80年以降の株式相場上昇の中で,インベントリーファンドが外部との売買で他のアクティブファンドのパフォーマンスを下回ったので,インベントリーファンドにより株式全体のパフォーマンスが向上しているはずであるにもかかわらず,年金スポンサーは,インベントリーファンドの採用を急減させていった。それに代わって,インデックスファンドのパッケージポートフォリオをマスタートラスト機関内で,内部取引するマスタートラスト機関も登場した。
こうしたマスタートラスト制度が,どのような形で日本に導入されるかは未だに明確ではないものの,導入による日本の証券市場への影響が大きいことも予想されうる。将来的には,厳密な運用評価とコンプライアンスモニタリングにより,売買手数料・回転率と売買によるマーケットインパクトの分析が進み,パッシブファンドが増加する可能性がある。これにより,証券市場の効率化が期待されるとともに,証券会社等にとっては,今なお課題とされる売買手数料依存経営の変革が一層求められることになろう。