第29号(2001年1月)
マレーシアの金融危機と民間債券市場
―制度構築の視点から―
首藤恵(中央大学教授・当研究所兼任研究員)
- 〔要 旨〕
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マレーシアは,1980年代の早い時期から民間債券市場を導入し,1997年金融危機の前にすでに,アジア諸国の中で債券市場が例外的に順調な発展をとげてきた国として注目されてきた。しかし,マレーシア民間債券市場が,銀行部門と競合し信用リスクの評価と分散の場としてどの程度機能してきたかについて,これまでほとんど研究はされていない。本論の目的は,次の3点に焦点を絞って,金融危機前後のマレーシアの債券市場政策を分析し,今後の展望について議論することにある。
第一に,マレー人優先の社会経済政策のもとで,債券市場がどのような目的で利用されてきたかを明らかにし,マレーシア債券市場のかかえる構造的な問題を指摘する。第二に,金融危機に際して採用された緊急措置が,債券市場の機能と今後の発展に及ぼす影響を考察する。第三に,金融システム改革の観点から,金融危機後の持続的成長に向けて,必要な債券市場の制度改革の方向について論じる。
貯蓄動員と信用リスクの分散を進めるためには,銀行優位の金融システムから脱却し,債券市場を株式市場のバランスのとれた資本市場を機能させることが必要である。マレーシア政府は,1980年代後半から金融自由化政策の路線に沿って,機関投資家と民間資金需要をつなぐ場として積極的に民間債券市場の基盤整備を進めた。規模と成長の点ではそれなりの成功を収めてきたが,その成長は銀行部門に支えられてきたものであった。
金融危機を乗り越えてマレーシアが行うべき金融構造改革の鍵は,銀行部門の整理統合による資金仲介機能の強化に加えて,銀行部門と資本市場との間における適切な機能分担と競争である。株式市場と債券市場のバランスのとれた資本市場を育成するためには,まずは発行市場と流通 市場の銀行部門依存を断ち切らなくてはならない。