第33号(2001年9月)
証券取引所の組織構造とガバナンス
二上季代司(当所大阪研究所主任研究員)
- 〔要 旨〕
-
(1)主要先進資本主義国の証券取引所における最近の傾向は,組織形態の変更すなわち「株式会社化」「営利会社化」である。これまで会員制組織が証券取引所の本来あるべき姿と考えられていたが,それはなぜだろうか。また最近になって,この考え方を否定する株式会社化という傾向が世界的に現出するに至った背景,理由は何だろうか。
(2)英米独3国の証券取引所の組織形態とそのガバナンスを見ると,会員制から株式会社化(Demutualisation)への路を辿ってきたことが窺える。これら3国の証券取引所の組織構造は細部において違いはあったが,そこで取引する業者が自ら市場を運営するという点では共通している。つまり会員制証券取引所とは市場運営において取引業者が自らガバナンスを有する相互組合的組織(Mutual Association)を指している。しかし,この様な私的自治は一種のカルテルであり,市場の持つ公共性を損なう恐れがあるが,市場に関する専門的な知識・技術のゆえに公的当局が規制するよりも取引業者に自らの規制を委ねる方が適切,という考え方が一般的である。そこで公的当局は,その私的自治,自主ルールを容認,独禁法適用も免除する代わりに,取引所設立を要登録・認可とすることによりこれを適切な監督のもとにおき,そのガバナンスに介入する権限を保持してきた。
(3)市場間競争の出現,証券取引所への政策変更(競争政策導入)がそれまでの体制を一変させた。証券取引所以外にこれと類似する取引システムが民間営利会社によって容易に提供されるようになったことや投資家の取引ニーズの多様化等により,証券取引所への独禁法適用除外政策が見直され始めた。この「競争」こそが,証券取引所の株式会社化への世界的な傾向の基底に横たわる誘因である。
(4)それとともに,証券取引所業務のどの部分を自由競争に委ね,どの部分に監督当局は介入すべきか,その切り分けが必要になってきている。一つの答えは,証券取引所ならびに私設取引システムに対する政府の規制対象を,市場構造に関する規制と,それ以外の部分(市場参加者の行為や価格操縦・インサーダー取引など市場信認)に関する規制とに区分し,前者は自由競争に委ね,後者については従来通り政府の介入の下で自主規制機関に行わせるべきだというものである(ルーベン・リー)。この考え方によれば,株式会社組織証券取引所のガバナンスは,a)そこから売買管理や上場管理などの自主規制機能を全く分離独立させて政府の介入から自由になり,株主利益追求の民間営利会社に純化するか,b)多少なりとも自主規制機能を保持する場合には,自主規制担当部門とのファイヤーウォールを設置する必要があるし,c)自主規制担当部門のガバナンスに対して市場参加者をはじめ幅広い利害関係者の参画と監督当局の介入を甘受すべきということになろう。