第48号(2004年12月) 情報化時代への適応を模索する株式市場システム
証券市場不正に対するSECの法執行権限の展開
─2002年米国サーベンス・オクスリー法制定前後を比較して─
柿崎環(跡見学園女子大学助教授)
- 〔要 旨〕
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証券市場の不正に対する法執行制度には,一般に刑事責任・民事責任・行政処分などが予定されているが,変化の激しい証券市場を規律するためには,柔軟で機動的な法執行権限を有する独立した規制機関が必要となる。本稿では米国のSECが有する法執行権限の展開を,おもに1990年証券法執行救済・低額株改革法から2002年企業改革法までを対象に,各種法執行権限の目的,およびその手段との整合性等から分析し,その上でわが国の市場規制機関の法執行の現状と比較して示唆を得ることを目的とする。
第一に,90年法以前の段階では,SECの法執行は裁判上の制度としてはインジャンクション1本に頼る状況であり,その実質は衡平法上認められた付随的救済の運用でまかなわれていたが,90年法により「不正の抑止」という観点から付随的救済で実現していた内容に実定法上の根拠が与えられ,柔軟かつ機動的な法執行制度の充実が図られた。これに対して企業改革法は,「不正の抑止」とともに「被害者救済」を重視して法執行制度を強化している。第二に,SECの法執行制度は,大きくは財産的措置とそれ以外の措置に分けられるが,これらは証券市場の公正確保のため有機的に連関して運用されている。まず「不正の除去」は,インジャンクションと,より機動性を備えたSECの排除措置命令により行われ,また将来の「不正の抑止」のために,財産的措置としては,不当な利得の吐き出しおよび民事制裁金制度が用意され,財産的措置だけでは「不正の抑止」の効を奏さない者に対しては,取締役・役員の就業禁止命令などの実体的な措置が認められるようになった。これに対して「被害者救済」の目的は,従来は被害投資家による民事責任の追及が基本であったが,違法行為者の資産散逸や私的証券訴訟改革法などの影響から「被害者救済」を実現するには問題が多く,そこで企業改革法は「被害者救済」の実効性を確保するため公正基金制度を導入し,その前提を担保するべく一時的支払凍結請求権限をSECに認めた。第三に,「財産的措置」により得られた資金については,従来,民事制裁金は国庫に納められ,また吐き出し利益についても,十分に「被害者救済」に用いられない場合もあった。しかし企業改革法は,この両者の資金を「被害者救済」に充てることを明確にした。「不正の抑止・制裁」という制度目的との関係では,手段との整合性に「ねじれ現象」があるが,公共財としての証券市場の公正性を確保する,より高次の目的を達成するために「被害者救済」にも柔軟に活用することを認めたものと言える。