第50号(2005年6月) EUにおける金融・証券市場統合の進展
イギリス住宅金融とマイルズ・レポート
斉藤美彦(獨協大学教授・当所客員研究員)
- 〔要 旨〕
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近年のイギリス経済は最近減速傾向はみられるものの安定している。イギリスの住宅価格はアメリカほど話題とはなっていないが数年前からバブルではないかとの懸念が表明されている。しかしその問題点は現在までのところ表面化してきてはいない。この住宅価格の上昇を支えているのが住宅金融であり,その状況も近年好調である。特に近年の住宅金融において特徴的なのは借換えの増加である。
堅調な経済とバブルとの懸念もありながらこれまで好調を維持してきている住宅市場と住宅金融というのが近年のイギリスの状況であるが,EUの一員としての大きな問題としては統一通貨ユーロへの参加問題がある。2003年6月にイギリスはユーロへの参加の見送りを決定したわけであるが,その際に住宅市場の問題が重視され,イギリスにおいては住宅価格の変動が大きいことは重要であり,また住宅ローンが変動金利が多いために金融政策の変更の影響が大きいことも重要であるとの認識が示された。
この決定に先立つ2003年4月においては,ブラウン財務大臣が予算演説において「イギリスの住宅ローンにおいて固定金利商品が一般的でないのはどうしてかおよびその改善策について」のレポートをロンドン大学(インペリアル・カレッジ)のデビッド・マイルズ教授に求めた。その問題意識としては固定金利の方が金融政策の影響が緩和されるし顧客の側の金利リスクが軽減される。さらには住宅ローンの証券化の進展のためには固定金利商品の方が好ましいといったこともあった。
マイルズ教授は,ブラウン財務大臣の要望どおりに2003年12月に中間報告を,そして2004年3月に最終報告を発表した。マイルズ・レポートにおいては基本的にイギリスの住宅金融市場の状況に重大な問題があるとの認識は示していない。しかしイギリスの家計の大多数(とくに初回住宅購入者)において(1)商品選択の基準が当初の毎月の支払金額に偏りすぎていることおよび(2)消費者は各種の住宅ローン商品のリスクについてほとんど理解していないというのは問題であるとの認識を示した(中間報告)。
そのような認識から,最終報告においては,金融サービス機構(FSA)に住宅ローンに関連して消費者保護の観点からのディスクロージャー(規制)等を行うことを勧告している。また,政府に対しても長期固定金利の住宅ローンの推進のため税制上の優遇措置(期限前償還手数料や関連する保険商品に関して)を講ずることや金融機関の長期資金調達の障害となっている法規制等についての見直しを行うことについても勧告を行った。
今回の問題は,どちらかといえばイギリスのユーロ参加という住宅金融市場にとっては外部的な要因から発生してきたものである。本年5月の選挙では労働党が勝利し,ブレア政権は3期目に突入した。そこにおいてイギリスのユーロ加盟がどのように進展するかは現状では不透明であるが,マイルズ・レポートはそこにおいて住宅金融は決してマイナーな問題ではないということだけは明らかにしてくれている。