第54号(2006年6月)
1990年代のアメリカ法人税の特徴
―租税支出と企業投資行動を中心に―
吉弘憲介(東京大学大学院博士後期課程)
- 〔要 旨〕
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近年,アメリカにおいて政府が直接支出の代わりに租税支出(Tax-Expend-iture)を活発に用い始めたとの議論がある。また,これを時系列的にみたとき,1990年以降,勤労所得税額控除などを中心とした社会保障向けのものが増え,投資促進税制のような産業振興的租税支出は一貫して減少しているとされる。
以上の2つの動きのうち,社会保障向け租税支出は,予算制度の変化や社会福祉制度の変化から増加が説明されており研究蓄積も一定程度存在する。しかし,90年代の産業振興的租税支出の動向については,国内外においても未だ十分検討されているとはいえない。本稿では,この点に着目し,なぜ90年代に産業振興的な租税支出が対GDP比で再び増大しなかったのかその原因を探る。
はじめに,80年代に行われた税制改革の評価を行ない,多くの産業振興的租税支出が整理される中,最大の項目の1つであった加速度償却制度は残存していたことを示した。次に,90年代の税制改革の中で産業振興的租税支出が新たに設置されなかったのかどうかを確認し,それらが中小企業を対象とするものを中心に増えていることを示した。以上を踏まえて,両者の量的変動を観察した。それにより80年代に始まったアメリカ企業の産業構造の変化が,かつての加速度償却制度を陳腐化させ結果的に租税支出の額を減少させたことが判明した。また,90年代に新たに設けられた中小企業向け租税支出の効果を,その実効税率を追うことで検討し,こうした租税支出の効果も著しく低いことが分かった。こうして90年代において産業振興的な租税支出は増大しなかったのである。