第67号(2009年9月)
情報技術の発展と株式取引メカニズム
福田徹(当研究所主任研究員)
- 〔要 旨〕
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1971年のNASDAQ 稼働以来,株式取引メカニズムは情報技術の発展を取り込んできた。その導入は,二つの効果をもたらした。その一つは,既存のそれを大幅に効率化したことである。もう一つは,情報技術の特性を生かした新たなサービスの提供が可能になったことである。前者については,1970年から1980年代にかけての証券取引所等による一連の情報技術の導入がこれに当たる。後者については,1990年代半ば以降から顕在化したPTS(Proprietary Trading System,私設取引システム)によるところが大きい。PTS の一形態であるECN(Electronic Communications Network,電子証券取引ネットワーク)は,既存の株式取引メカニズムと比べて大幅に低下したレイテンシを武器として一大勢力に成長した。また,クロッシング・ネットワークは逆選択の対象となりやすい大口注文を執行するための株式取引メカニズムとして機関投資家の間で浸透し始めている。
さて,情報技術の導入は実際の株式取引に対してどのような影響を与えたのであろうか。現象面から捉えられるのは,取引コストの減少と株式取引メカニズムの多様化である。前者については,気配スプレッドなどが長期的な下落傾向にあることから認識される。後者については,様々な投資家のニーズを満たすサービスの供給が可能となったことを意味している。ただし,これが株式取引メカニズムの性質であるネットワーク外部性を低下させて,市場の分断化を招いているのも確かである。しかしながら,あまり多くはない実証研究の結果は市場の流動性を高めたとするものがほとんどであった。つまり,伝達スピードや情報量の増大が投資家やマーケット・メーカーそれぞれの間に生じる情報の非対称性を減少させる効果の方がより大きかったと考えられるのである。また,スマート・オーダー・ルーティング等に代表される投資家側の情報技術を利用した取り組みも市場の分断化の悪影響を減じさせているのだろう。従って,市場が分断化については拙速な政策的対応を行うことは控えるべきであろう。