第72号(2010年12月) サブプライムショック後のヨーロッパ金融・資本市場
世界金融危機とイングランド銀行の量的緩和政策
春井久志(関西学院大学教授)
- 〔要 旨〕
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「100年に1度の金融危機」とさえ称される今次の金融危機は,サブプライムローン問題に代表される,2007年の米国の住宅バブルの崩壊を契機にした未曾有の金融危機であり,1930年代の「世界大不況」以来の経済危機にまで発展した。2000年代前半は先進諸国の景気が順調に拡大する一方で,インフレーション率は総じて低水準にとどまった。このため,米欧の中央銀行は,それ以前に行なった金融緩和の解除を緩やかに進めたが,長期金利は安定し金融市場のボラティリティー(変動率)も抑えられた。これが「グレートモダレーション(大いなる安定)」と呼ばれた。このような緩和的な金融政策と金融市場の安定性が,世界金融危機の背景になった。
各国金融当局は,2008年9月の「リーマン・ショック」以降の世界金融危機に対して,①金融機関の流動性支援や②不良債権処理・資本増強,③金融機関の国有化などの対応策を講じた。国際金融センター・シティを抱える英国はこの世界金融危機の影響を直接受け,国内金融機関のバランスシートが大きく毀損した。英国政府は,他の欧米諸国と協調して,危機対策に乗り出した。2009年に政府の指示によりイングランド銀行資産買取り基金を設立し,金融機関が抱える民間部門の資産や国債を購入して,信用市場の流動性を改善するために,総額2,000億ポンドの資産を順次購入し,2010年秋現在もその額を維持している。この政策は「量的緩和策」とよばれ,買取り資金はほぼ全額が中央銀行準備の創出によって賄われた。英国の金融システムの安定性は回復されつつあるが,景気後退からの回復基調はいまだ十分ではない。他方,「出口政策」も重要な政策課題である。以下では,英国の量的緩和策の実態やその特徴,およびその効果波及の経路などを実証的に検証する。