第99号(2017年9月)
将来株式取得略式契約スキーム(SAFE)とクラウドファンディング
松尾順介(桃山学院大学経営学部教授・当研究所客員研究員)
梅本剛正(甲南大学法科大学院教授)
- 〔要 旨〕
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本稿は,米国で開発されたベンチャー・ファイナンス・スキームである,将来株式取得略式契約スキーム(Simple Agreement for Future Equity : SAFE)について紹介した上で,このスキームがクラウドファンディング・プラットフォームで投資勧誘されていることについて,その是非について検討するものである。
まず,将来株式取得略式契約スキーム(SAFE)とは,2013年,アメリカのスタートアップ・アクセレーター,Y Combinator が開発した,簡略な資金調達契約であり,あらかじめ決められた購入金額を投資家が支払うことによって,会社側が当該投資家に対して当該会社の一定の株式に対する権利を一定の条件で発行するものである。この契約では,バリュエーション・キャップないしディスカウント率が設定されており,この契約を取り交わした投資家は,一般投資家よりも有利な条件で当該会社の株式を取得することが可能となる。このスキームは,転換社債と類似しているが,転換社債があくまでも負債であるのに対して,この契約は負債ではないため,利払いや満期は設定されない。また,簡略な契約書のひな形が用意されているため,投資家と発行会社の間で煩瑣な契約交渉も不要である。これは,シリコンバレーの投資環境に適したスキームといえるが,その契約内容は一般の投資家にとって容易に理解できるかどうか疑問である。
2016年5月16日,米国JOBS法によって定められていた,クラウドファンディングのSECルールが導入された。このルールの特徴のひとつは,クラウドファンディングで投資勧誘される証券の種類が通常の普通株に限定されず,優先株や転換社債などを含む,広範囲な証券が認められたことである。その結果,同ルール施行後,クラウドファンディング・プラットフォーム上で,SAFEの投資勧誘が多数みられるようになった。
クラウドファンディングの特徴は,小口の資金をインターネットを通じて,不特定多数の一般投資家から調達する点にあり,その投資家は必ずしもソフィスティケートされた投資家ではない。したがって,上記のようなシリコンバレーの投資環境に適した投資スキームを一般の投資家向けに勧誘することの是否が問われることになる。
実際,クラウドファンディングによって,SAFEに投資勧誘することは不適とする主張も見られる。本稿では,このような主張を紹介しつつ,その当否を検討する。さらに,わが国のクラウドファンディング・プラットフォームでは,今のところSAFEのようなスキームが投資勧誘されている事態は見られないが,わが国の投資型クラウドファンディング規制が,このスキームを排除するものではないことも指摘する。