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証券経済研究 第106号(2019年6月)
Brexitプロセスに見る英国民分断について—複数争点の視角から—
田中素香(中央大学経済研究所客員研究員・東北大学名誉教授)
〔要 旨〕
Brexit問題の解説は,そのプロセスなどをいろいろと解説する「EU離脱争点」からのアプローチが圧倒的に多い。しかし,Brexit国民投票は「格差・福祉争点」を入れないと正しい理解に到達できない。リーマン危機後の英国には,インナーロンドン西のように危機前と類似の所得上昇を遂げた金融資本主義の中核地区と,多くの地方との格差拡大,つまりポピュリズム状況が生み出され,それが,16年6月の国民投票において僅差ながら離脱多数の投票結果を生み出したと推論できるのである。この「格差・福祉争点」は翌17年6月の総選挙に再び英国政治の主要な矛盾として浮上し,メイ首相の保守党を大敗させ,その後のBrexitプロセスに甚大な影響を及ぼすこととなった。これらの複数争点を組み合わせることで初めて正しい理解に到達できるというのが本稿の主張である。
本稿では,国民投票に現れた英国民の分断を手がかりに,地方間格差をとりわけ重視した(地方の実質可処分所得の推移をもって表現)。それによって,英国最高の実質可処分所得を誇るインナーロンドン西が突出した所得上昇を実現する一方で,多くの地方は12年に03年水準に逆戻りしている事実を明らかにし,そのかなりの部分をキャメロン政権の財政緊縮政策に帰着させた。
このように,Brexitプロセスは複数争点の視角から捉えなければならない,と本稿は主張する。反EUと親EUとの角逐,北アイルランド/アイルランド国境問題による紛糾といった「EU離脱争点」の視角だけでは,Brexitの発生理由もそのプロセスがここまで混迷する理由も捉えきれない。さらにBrexitを生み出した時代の認識にアプローチする視角も確立しえないと思われる,そのことを,複数争点の視角から英国のBrexitプロセスを捉え直すことによって,本稿はEU離脱に対する分析視角に問題提起を行ったのである。
補論では,英EUの交渉の成果である政治宣言(将来関係協定の大枠を示す文書)から金融サービス部分を抜き出し,英EUが金融サービスに対する移行期間と将来協定についてどのような合意に達したのかを示すとともに,合意なき離脱に対応する金融業界の動きを追加して,金融サービス業界のBrexit対応の一端を示している。
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