出版物・研究成果等
証券経済研究 第38号(2002年7月)
岐路に立つドイツの企業統治
星野郁(國学院大学教授)
〔要 旨〕
ドイツは,株式の相互持合と所有の集中,銀行による長期の資金の提供と経営の監視,そして共同決定に象徴される労使協調等によって特徴付けられる企業統治の下で,長期にわたる経済発展と社会の安定を実現してきた。しかし,90年代末以降ドイツの企業統治には,株式の相互持合の解消と所有の分散化,銀行の企業統治からの後退,短期収益や株価を重視した経営スタイルの浸透など,アングロサクソン型の企業統治の影響が窺える。その背景には,ドイツの大銀行の「ハウスバンク」から「投資銀行」への経営戦略の転換,ドイツの大企業のグローバル化とマーケット・ファイナンスへの傾斜,さらにはドイツにおける企業支配のための市場の成立等があり,ドイツの大企業には,敵対買収の危険やアングロサクソン系株主の圧力の下で,いわゆる「株主重視(shareholder value)」の経営へと向かわざるを得ない圧力が働いている。ドイツの企業統治の今後を占う上で重要な鍵を握っているのは,共同決定のあり方とローカルな金融機関の再編の行方である。ドイツの経営者は,共同決定の現状に不満を持ちながらも,競争力の源泉である「多品種高品質生産」を維持するために,労使関係の安定の重要性を認めている。そのためドイツの労使関係には,アングロサクソン的な敵対化の兆しは見えない。にもかかわらず,共同決定の形骸化ないし機能変化の兆しがある。他方,ドイツ企業の圧倒的多数を占める中小企業には,大企業とは対照的に,アングロサクソン化の影響は及んでいないように見える。しかし,これら中小企業のハウスバンクであるローカルな金融機関には,大銀行同様,再編の波が押し寄せている。ローカルな中小金融機関の再編は,その顧客である中小企業や株主であり受信者である地方政府にも,遠からずその影響が及ぶことが予想される。そして,ドイツの大銀行や大企業の一部を襲っているアングロサクソン化ないし新自由主義化の波が,ドイツの「制度化された資本主義」の要ともいえる,共同決定やローカルなコミュニティにおける協力関係にまで及んだ時に,ドイツの企業統治のみならず,ライン型社会経済モデルの全面的な作り替えが始まるのかもしれない。しかし,それは安定した労使関係を基礎に,長期的な視野に立つ経営によって培われてきたドイツの産業の競争上の優位と,ドイツ社会の安定を損なうリスクを孕んでいる。
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