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証券経済研究 第69号(2010年3月)
国際金融ガバナンスの現段階
―FSF(金融安定化フォーラム)改組の意味するもの―
野下保利(国士舘大学教授)
〔要 旨〕
過去30年にわたって国際的な金融危機が繰り返してきたにもかかわらず,国際社会は,金融危機に対して統一的かつ抜本的に対応できなかった。そればかりではない。国際金融市場における証券取引が活発化するにつれ各国金融市場の制度的収斂と国際的市場統合が進む一方,金融危機はその範囲を広げ,深刻さを強めてきた。
ブレトンウッズ体制崩壊後,国際金融ガバナンスは,条約締結による拘束を受けないソフト・ローに依拠する金融規制・監督に依拠してきた。しかし,国際金融危機の多発は,国際金融システムを安定化させるために規制・監督面における国際協調の強化を要請した。金融安定化フォーラム(FSF)はまさにそうした要請に応えるために新設された組織である。しかし,今回の世界金融危機は,FSFを管制塔とする既存の国際金融ガバナンスに問題点があることを顕在化した。
国際金融ガバナンスの問題点を克服するために,G20は,FSFを金融安定化理事会(FSB)に改組し組織体制を強化するとともに,新たな任務をFSBに与えた。しかし,こうした一連の措置にもかかわらず,FSF創設時から内在していた問題点が十分に克服されとは言い難い。
第1に,金融安定化のために求められる金融規制を各国間でどのように策定し施行するのかというガバナンスの制度面における不徹底である。国際資本移動が質量とも活発化しているなかで,金融取引に対する国際的に統一した規制・監督体制が要請されるにもかかわらず,FSFが勧告した規制・監督案施行の最終権限は,いまだ各国金融当局が握っている。それでは,各国間で国際的規制の施行レベルでのギャップを生み,規制アービトラージをもたらす可能性を高める。第2に,ソフト・ガバナンスのもとで各国が合意できる最低限の基準を設定し,金融機関,主に商業銀行のインセンティブを介して金融安定性を確保するという市場規律重視の金融安定化政策の限界が露呈したことである。もっぱらミクロ・プルーデンス政策に依拠した金融安定化政策は,個々の金融機関の財務の健全化へ向けた行動がしばしば経済全体の状況を悪化させるという問題,すなわちプロ・シクリカリティー問題を発生させることになる。第3に,金融安定化対策としてのミクロ・プルーデンス政策の限界を補完する形で登場してきたマクロ・プルーデンス政策にしても,現状においては,事後的な対症療法的な政策でしかなく,資本市場を中心に展開される資産選択活動によって引き起こされる金融イノベーションと,それらから生じる金融不安定性の可能性を抑制するには十分とはいえない。
世界経済を回復軌道に乗せるには国際金融市場が再び活発化することが不可欠である。しかし,今日の国際金融市場の諸条件を前提とする限り,金融機関や投資家の資産選択運動をプルーデンス政策だけを用いて抑制することは困難といえよう。むしろ,FSFの創設以来金融安定化戦略から排除されてきた直接規制を金融安定化政策の一部として導入する必要がある。そして,直接規制の導入には,規制アービトラージを防ぐため国際条約で縛られたハード・ローに依拠する組織の創設が不可欠である。結論を先取りしていえば,今日の国際経済は,金融イノベーションや新たな金融手法について事前にリスク・プロフィルを調査し,深刻なシステミック・リスクを生むと判定されるものについては直接規制を行使できる金融取引監視機構の創設を視野に入れて国際金融ガバナンスを再構築する歴史段階に来ている。
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